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色々な人と話していてよく思いますが、
よく「ひとの話を否定してくる人って多いな」と思います。

 

当たり前ですが、人は自分の話を否定されることをあまり快くは思いません。
もちろん僕も、否定されるのはあまり好きではないです。
いや、むしろ人一倍嫌いです。
根が九州男児なんで。
鹿児島出身なんで。
じいちゃん譲りの頑固頭なんで。
否定されると、すーーーっごい鬱陶しく感じてしまいますw

 

否定されるとなんかこう…
心の奥底から黒いやつ、そう、ダークマターが生まれてくるんですよね。
dark matterが。

否定された瞬間、脳内では、

 

 

 

 

『いやいやお前に俺のなにがわかるの!?
なにその「お前のことは全部知った上であえて否定するから!」感は。
ホントなに?
なんなわけっ!?
母ちゃん?
おまえは俺の母ちゃんかなんかなの?
ずーっと一緒だったっけ?
ねぇ?
生まれてこの方ずーっと一緒に暮らしてきてたっけ?
みなみちゃん?
あなたもしかして浅倉みなみちゃんなの?
ちっちゃい頃からずっと一緒の勉強部屋で成長してきてたっけ?
なんかこう…いちゃいちゃ乳繰りあって生きてきてたっけ?
あ、もうそれだったら俺が100%悪かったわ。
もう、本当ごめん。
それだったらそれは完璧に俺が間違ってた。
いや、もうなんかそれなら逆に否定してくれていいわ。
っていうかお願いします。
全力で否定してください。
100円あげるんで。
あ、間違えた。200円あげます。
だからお願い。
全力で否定してぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

 

 

 

 

……なんか途中で性癖出ちゃってごめんなさい。

 

いやでもね、本当にひとの意見を否定する時は注意が必要だと思います。
一つのことに対して、仮に相違する意見が出たとしても、
どちらが正解でどちらが間違ってるとかないと思うんですよね。

 

基本的にはどちらも正解だと思うんです。

 

だって違う世界に生きてるんだもの。

 

何かの本で読んだんですが、
事実として世界はひとつですが、実際にはひとつではありません。
ひとの数だけ世界は存在します。
なぜなら、人は自分というフィルターを通して世界を反映させているからです。

 

生まれも育ちも違って、
色々な人や経験から色々なことを教えてもらって、
同じ世界が見えるわけがないですよね。
親と子供だって価値観は違います。

 

たぶん、たっちゃんとみなみちゃんもw

 

なので、僕はひとの意見を否定する時はとても注意をします。
自分と違う意見を持っている人と話をする時は、
まず、相手の価値観や世界観を理解することが重要だと思っています。

 

「この人はなんで何をどう考えてるのかな?」
「どういう世界観をもってそういうことを言っているのかな?」

 

という感じ。

 

その上で、相手の価値観を認めます。
先述の通り、相手も正解なんですから。

 

その上で、決して否定をせずに、
「僕はこう思うけど、どうかな?」
というスタンスで、意見を伝えます。

 

そうやって話をして理解し合えるときもあれば、
理解できない場合もやっぱり多いです。

 

まぁそれはそれでしょうがないですよね。
だって、人間だもの。

 

そもそもひとのことを否定する暇なんて本当はないんですけどねw
だって自分のことすらまだまだなのに、
どの身分でひとのこと否定してんだよって自分自身に思っちゃいますw

 

お互いがお互いの世界観を理解し合える世の中になれば、
世界ってもっと楽しくなると思うんですよね。
いつかそんな世界がくればいいなと思います。
難しいとは思いますが…
せめて、コントロールできる自分自身については、
ちゃんとひとの世界観を理解できる、そんな人間であれたらと思います。

 

酔っ払った時は、
「マジさっきのコンビニのレジのやつのあの態度ないわっ!!」
とかぼろっくそに否定したりとかするんでw

 

気をつけます^^

 

ちなみにですが、僕個人でいえば否定されても素直に受け入れようと思える時もあります。
それは、相手が本当に自分自身のことを考えてくれていて、
愛を持って自分自身を否定してくれた時。

 

そこに愛があれば、別に否定されたっていいです。
だってそれは自分自身のことを思って言ってくれてるわけなんですから。
逆に嬉しいですよね。

 

…あ、やべっ!!
なんか降りてきたっ!!
なんか1曲書けそう!

 

そうだな。
…題名はこうしよう。

 

 

 

『愛は勝つ』

 

 

 

……….

 

 

それではまたね^^

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